令和7年11月18日(火)に施設関係者評価を兼ねた公開保育を実施いたしました。
公開保育はかねてよりご指導いただいています白百合女子大学准教授の椎橋げんき先生にご指導をいただきながら実施いたしました。
今年度も、『子供たちが生活する姿をもとにした環境づくりの工夫』という共通の課題をもって保育のありかたや環境づくりについて取り組んでまいりました。
公開保育当日は椎橋先生と園の職員以外に、(認)川島こども園理事1名、評議員1名、近隣園の川島保育園、連携園のキッズハウス保育園、近隣の小学校からも1名ずつ、保護者会より会長さんをはじめ3名の計8名の皆様にお越しいただき、保育参観と協議会を行いました。
公開保育の様子
ご参加いただいた皆様に0歳から5歳児全ての保育室における子どもたちの生活の様子をご覧いただきました。
協議(関係者評価)
(0~2歳児は学齢ごとに3つの保育室、年少児・年中児は学齢ごとに2クラスずつ、年長児は2クラスまとめて)
公開保育をご覧いただいた皆様による一部ご意見を抜粋して掲載いたします。
全文は下部の「+」の部分を開きますとご覧いただけます。
①0歳児
川島保育園の保育教諭

げんき先生
<川島保育園の保育教諭>
机に登っている姿がとても印象的でした。この時期の子は本当に登りたいですよね。止められることが多い動きですが、ここでは登っていい形に環境が整えられていました。机も、ただの机ではなく、登れる台のように再構成されていたのがよかったです。
トンネルも既製品ではなく、手作りでした。先生方が子どもに合わせて作っていることが伝わってきました。
<副園長>
机も、用途を固定せずに置いています。今は身体を使うためのものとして使っています。
<椎橋げんき先生>
昨年から「安全の向こう側」という話をしています。0歳児はどうしても安全第一になりやすい。でも、子どもは境界を越えたい存在です。
大人が「危ない」と感じることの中に、子どもの学びがあります。止めるのではなく、どうすればできる形にできるかを考える。それが環境構成です。
それから、出しすぎないことも大事です。今日は少し多めに出していましたが、子どもの動きに応じて引くことも必要です。環境は固定ではなく、やり取りの中で変えていくものです。
<副園長>
今年の子どもたちは、声をかけると止まる子が多いです。だからこそ、「やめて」で終わらせないようにしています。「こっちならどう?」と代わりを示すことを意識しています。
<椎橋げんき先生>
大人は机を机として見ますが、子どもはまだ言葉で世界を分類していません。布をかける、向きを変える、それだけで別のものとして見えている可能性があります。
子どもの見え方を想像することが必要です。
0歳の今は意欲の土台づくりです。「触ってみる」「やってみる」。この経験が後につながります。
②1歳児
保護者会B

投げたくなる子には、音が鳴る的を用意する。やりたい気持ちを否定せず、形を変える。そこがよかったです。
げんき先生
<連携園保育教諭>
テラスから裸足で砂場へ出ていく姿が自然でした。嫌がる様子もなく、それぞれがやりたいことに向かっていました。
どんぐりを樋に流す遊びでは、一人が始めると周りに集まります。ただ、みんなが同時にやるわけではなく、それぞれが試していました。
流れないところに何度も入れてみたり、うまく流れる位置を見つけたり、集中していました。
<保護者会B>
どんぐりを口に入れないことに驚きました。
<副園長>
最初は口に入れていた子もいました。触れる経験を重ねる中で、遊び方が変わってきたのだと思います。
他にもどんぐりを投げている様子があったかと思います。子供たちの中で物を投げる姿が多い時期がありました。「投げないで」と言うのではなく、「何なら投げていいか」を考えました。
柔らかい素材を用意して、布を吊るして、玉入れのようにしました。すると、ただ投げるのではなく、狙うようになりました。今は距離を測って投げています。
<椎橋げんき先生>
口に入れないのは、口に入れるより面白い環境があるからです。
投げたくなる子には、音が鳴る的を用意する。やりたい気持ちを否定せず、形を変える。そこがよかったです。
子どもは暇になると別のことを始めます。環境は一段階では足りません。次の展開を用意しておくことが大事です。
また、テラスと地面の境に敷いたジョイントマットの敷き方がよかったです。室内と園庭の間に中間の空間がある。どちらでもあるような、どちらでもないような場所。昔の園のすのこのような曖昧な空間は、子どもにとって安心できる場になります。
③2歳児
川島福祉会評議員

げんき先生
<副園長>
今年度は園庭にいくつもの場を用意してそれぞれがやりたいことが満たされるよう、環境の構成を工夫しながら進めていきました。本日はお休みが多く、いつもの人数ではない状態でしたので子供たちのやりとりも、トラブルも見られなかったのが残念です。
<川島こども園評議員>
少人数でしたが、手持ち無沙汰な子はいませんでした。それぞれが好きな遊びをしていて、自然に場ができていました。個別の支援が必要な子が複数名いるというお話を聞いて探してみたのですが、特に気になる様子は見つかりませんでした。うまく環境の構成ができている証拠だと思いました。
<椎橋げんき先生>
2歳児は「移ろう」ことが前提です。短時間で遊びを変える子もいますし、長く続ける子もいます。その移動を受け止められる環境が整っていました。
<副園長>
今年少し変わった点として、砂場とは別に「土を盛っている場所」を作っています。素材の違いを感じられるようにするためです。今日は水場のところに落ち葉を入れておきました。(遊んでいる場所に生えている木の葉だと)すぐ割れてしまいます。感触を味わうためにはいいのですが…。そこでイチョウやハナミズキの葉を拾ってきて用意しました。油分が多くてまだ柔らかい葉は、子どもたちが枝などを刺して遊びやすいんです。子どもたちは尖ったものを見ると刺したくなるようで、自然とそうした遊びが生まれていました。
また、土の感触を楽しむ遊びもありました。バケツに土を入れている子に「何を作っているの?」と聞くと、「ケーキ」と答えていました。「できたらごちそうしてね」と声をかけたのですが、なかなか完成せず、時間になってしまいました。それでも大きなバケツから小さなカップに土を移しながら、一生懸命ケーキを作っていました。
<椎橋げんき先生>
先生たちとよく話しているのは、「遊びの環境をどう作るか」ということです。園庭遊びは、もともとある環境に任せてしまいがちです。しかしそれでは「公園に行ったから公園で遊ぶ」で終わってしまいます。大切なのは、子どもがどんな遊びをしたいのかを考えることです。
そのため、この園庭では
「土」「水場」「山」「砂場」「滑り台」「平行棒」「跳び箱」など、室内のコーナー遊びのように複数の遊び場を用意されていました。
2歳児の遊びは「移ろう」ことが前提です。2~3分で移動する子もいれば、15~20分遊び続ける子もいます。その後に別の遊びへ移ることが大切で、その移動を受け止められる環境が必要です。ここにはその環境がそろっています。
例えば土遊びが好きな子は、「この場所に来れば自分の気持ちを出せる」と分かっています。だから次の遊びへ移りやすくなります。その結果、遊びが宙ぶらりんになる子がいません。
今回の2歳児の環境を構成していくうえで先生たちと試行錯誤したところは子どもの気持ちを受け止められる環境を積極的に作ろうというところです。
例えば砂場には山があります。芝生の山は安定していますが、砂場の山は先生たちが常に作り替えています。登って降りるたびに、穴ができたり形が変わったりするため、子どもは毎回違う感覚で体を動かさなければなりません。
子どもが遊び続けると、山は踏み固められて平らになります。そうすると魅力がなくなり、子どもは散ってしまいます。子どもが楽しんでいるポイントが「不完全さ」なのか、「溝をまたぐこと」なのか、「坂を駆け下りること」なのかを見極めて、先生がスコップで形を作り直します。こうして遊びの興味を再び生み出しているのです。
<副園長>
今回は土の山でバースデーケーキを作っていましたが、普段は別の遊びをしています。今回はイチョウの葉のプールができたことと関連しているようです。おそらく誕生日会の経験から、バースデーケーキという発想につながったのではないかと思います。
<園長>
2歳児は並行遊びから少しずつお友達を意識しだしている段階。まだ完全に同じ気持ちを共有できる年齢ではありません。「とても楽しい」と感じる子もいれば、「なんとなく楽しい」と感じる子もいます。その思いをつないでいくのが保育者の役割です。先生が子どもの思いを別の子に伝えたり、言葉にしたりすることで、少しずつ遊びが広がっていきます。
④(年少児)3歳児1組

保護者会C
げんき先生
<保護者会C>
病院ごっこが印象的でした。「何しているの?」と聞くと「病院」と答えてくれました。聴診器もきちんと使っていました。アイス屋さんでは「どうぞ」と渡してくれました。世界観がしっかりしていると感じました。
<副園長>
今日は割とドングリの子たちは没頭してましたよね。遊びを中心にやってる子がお休みだったこともあり、もちろん大勢の人が見に来てびっくりしているところもあり、なんとなく個々の遊びがそれぞれで展開されてるみたいな雰囲気にはなってたかもしれないです。実はどの遊びにも共有されるモノづくりコーナーというのが設けられていて、作りたい時には作って、そのお店というかそれぞれやってるところに移ろいながら遊んでいます。病院に行った経験からこの聴診器などは出来上がっていって、徐々に遊びが広がっていったところではあるんですが、今遊びが本当に個々にコーナーで展開されちゃってるので、もうちょっと相互に遊びが展開されていくと面白いんじゃないのかなっていう話をしているところではありました。
<椎橋げんき先生>
3歳児クラスに入ってくると、友達同士が関わるっていう環境が今大事になってきます。それを先生たちがどういうアプローチで作るかっていうのが課題になっていました。
(3歳児)もも1組さんの場合は、いろんな立場になって友達同士が関わるという環境があったのかなと思っています。お医者さんと患者さんとか、あとアイス売ってる子は店員になったり、それを買いに来たりという、やり取りをお互いしながら友達同士が関われるような。それぞれが個別に遊んでいるのではない。
さっきの2歳児さんで言うと、自分たちがやりたいことをやる、それを支える先生という構図だったのが、(3歳児)もも1組さんでは友達同士でやる。ただし、まだ個々の動きみたいなところを、役を通して関わるということができていて友達同士が関わるという環境があるなと感じました。
⑤(年少児)3歳児2組

保護者会C
げんき先生
<保護者会C>
2組さんは少ししか見ることができませんでしたが、年長児や年中児が遊ぶのを見て、真似をしているんだなということが伝わってきました。衣装を作ったりとか、食べ物などもすごく見て真似してるんだなっていうのを、すごく感じました。
他に私が印象的だったのは、ドングリのチーズの入れ物にドングリをすごいいっぱい詰めて「ハイ」って持ってきてくれたんですけど、なかなか蓋が閉まらなくて。「なんで閉まらないんだろう」って言って。「なんでだろう、なんでだろう」って蓋を交換したりとかして、やっぱり考えてやってるんだなというふうに感じました。
<副園長>
いろいろ聞いてくれるし、いろいろ返してくれるんですよね。奥の料理ごっこスペースも、ちょこんと座るといろんなものが出てきますよね。
<保護者会C>
出てきました。
<副園長>
何が出てきましたか?
<保護者会C>
スパゲッティやケーキなど色々なものが出てきました。「ちょっと待って!」って作り出したりして。おもてなしがすごかったです。「はいどうぞ!」って食べさせてもくれました。
<副園長>
3歳児なのでそれぞれ個々のイメージがあって。色に引っ張られてる子などは、赤っぽいものが入ってると「これは辛い味のスパゲッティです」って言ってみたり。あそこは質問しがいがある感じの遊び場でしたよね。お部屋に遊びに行くといつも食べ物がわんこそばみたいに出してくれるんですよ。
<椎橋げんき先生>
もも2組の場合は、素材をたくさん置いておいたあとに作るコーナーがあったと思うのですが、実際にはそのコーナーでじっくり作るというより、素材をパッと持って、その場で作り始める子どもが多いように見えました。例えば、料理ごっこの場所で素材を使って作っていくような感じです。
そうすると、その素材を介して「これ、僕はこういうふうに作ったんだよ」「あ、そういうふうに思ったんだね」といったやり取りが生まれます。素材を通して相手と関わり合いながら、「私はこう思ったけど、あなたはそう思うんだね」というように、お互いの感じ方の違いにも気づいていきます。そして、その違いを「それもいいよね」と受け止めながら、それぞれの思いが尊重されるような保育の体制をとっていることが大切だと思います。
私がよく言うのですが、一斉保育のように同じものを目指して作り物をしてしまうと、そこが怖いところでもあります。同じ完成形を目標にすると、違う発想が出てきたときに、「それ違うよ」と子ども同士で否定してしまうことがあるのです。「今日はそれじゃないよ」「先生はそれ作ってないよ」といった形で、子どもの発想がつぶされてしまうこともあります。
そうならないように、あえて少し曖昧で、何を作っているのかはっきりしないようなものも認められる環境にしているのだと思います。例えば、何を作っているのかよく分からないものでも、「私はそうは見えないけど、あなたはそう思うんだね。まあ、そういうものだよね」と受け止められる。そうした経験が、4歳児の姿にもつながっていくのだと思います。
このような環境の中では、一見するととてもカオスな状態に見えるのですが、その中にちゃんとした秩序があります。そういうところが、3歳児のとても面白い特徴なのではないかと思いながら見ていました。
⑥(年中児)4歳児
保護者会A

げんき先生
<副園長>
年中児(うめ1組)さんはいかがしたか?
<保護者A>
子どもたちの雰囲気がとても穏やかで、温かく迎えてくれました。私が入ったときには、とてもおいしそうなラーメンがあったり、ドーナツがいろいろとつながっていたりして、「これは何だろう?」と思って聞くと、「道路なんです。いろいろつなげて作っているんです」と教えてくれて、とても楽しそうに遊んでいる様子が印象的でした。
それから廊下には、ひらがながいろいろ書かれていて…病院ごっこをしている子たちの「カルテ」ですかね。きっと自分たちの興味や関心のあるものから、ひらがななどの学びにつながっているのだろうなと思い、素敵だなと感じました。
<理事>
好きな遊びを友達と一緒に考えながら楽しむという年長児の姿に、年中児の姿がどのようにつながっているのかを見てみたくて、今回は年中児から見てみようと思って行きました。保育室に行くと2人とか3人のこのグループでなんか話し合いながらやってる姿がすごく見えました。子供達に「何をしているの?」と聞くと、2人で一緒になって説明してくれました。思いが共有されてる部分と、「いや、それは違うよ。その時は、こういう風に作ったんだよ」と言っている子もいました。2つの思いがあるんだけど、なんかそこは「あ、そうだよね」ってすごい認めてる感じがしたので、うめ組さん(年中児は)面白いなと思って見ました。
<椎橋げんき先生>
今お話にあったように、「思いを共有する環境」というのがとても大事になってきます。さっきの3歳児(桃組)の場合は、「友達と関わる」ということ自体が大事ですが、4歳になると次は「思い」ですね。イメージなどを共有できるようになってきます。
ただ、まだ完全にできるわけではなくて、できそうでできない。でも、それができるような環境を作っていくことが大切です。思いを共有していく過程でも、実はまだ個人の思いの方が強かったりするんですよね。それを遊びの中で受け入れていく。
3歳児の場合は、実はまだ受け入れていないことも多くて、どちらかというとスルーしているんです。「あ、そう思うんだね」という感じです。でも4歳児になると、相手の思いを受け入れるようになります。そこに「寛容さ」が出てくるんですね。
寛容さがあるから、思いがぶつかっても潰し合わないんです。「私はこう思う」「あなたはそう思う」という形で、さっき理事さんもおっしゃったように、「そんなふうに思うんだね。それもいいよね」と認め合える。だから友達同士で関わりながら、遊びがどんどん展開していきます。
もちろん、時にはぶつかります。でも、ぶつかることで「相手はこういうことを考えているんだ」とわかるんですね。だから4歳児は衝突も多い。でも、その衝突を通して考えていくことが大事なのだと思います。
例えばホールで一つの素材を使って遊ぶと、「やめて!」という言葉が出てくることがあります。3歳児だと「やめて」と言えずにトラブルになることもありますが、4歳児になると「やめて」と自分の思いを伝えられる。そして「なんで?」というやりとりが生まれて、なんとなく折り合いをつけながら遊びが続いていく。
私の中では、この「寛容さ」がとても大事だと思っています。遊びの中で、思いを共有しているようで少し違う、でも「じゃあちょっとやってみようか」と続いていく。その曖昧なゾーンが豊かになっていくことで、5歳児の遊びにつながっていくのではないでしょうか。
<副園長>
今日、こちら側の車のコーナーに行ったときのことなんですが、今日は「マリオカート」のように車を走らせるルールに変わっていたんです。はてなコインが置いてある場所があって、コインが欲しくてたまらない子がいるんですね。
でもコインを持っている子は、「ちゃんとスタートしてコースを回って、ポンってやったらコインがもらえるんだよ」と、しっかりルールを説明していました。
それでもコインが欲しくてショートカットして取りに来る子がいて、そこで「違うよ」と言い合いになり、いろいろ揉めながらも、渋々戻って最初からやり直すんです。そしてコインがたくさん出てきて、「僕の方が多い」「僕の方が少ない」と、また揉めて。「じゃあどうする?」と話し合って、またやり直す。そんな様子が見られました。
<椎橋げんき先生>
終わらなくて楽しいんですよね。よく言うんですが、年中さんは夏休み前後で変わってくるんです。例えば私が素材を出して遊びを始めると、夏休み前の年中児は「先生、終わりにして違う遊びするね」と言ってどこかへ行ってしまうこともあります。
でも年中の中盤くらいになると、「終わりにする」という子がだんだんいなくなってくるんです。なぜかというと、自分が終わりにしたとしても、友達と一緒にどこかへ行くんですね。車を持って一緒に過ごす。友達と一緒に過ごすこと自体が楽しくなってくる。
そして思いを共有しているので、「あ、そんなふうにやっているんだ。ちょっとやってみようかな」というふうに遊びが続いていきます。終わりがなくなっていくんです。そうなると、先生がわざわざ間に入らなくても済むようになってきます。今の時期は、まさにそういう時期なんだと思います。
さっきのマリオカートの遊びも、もし年少さんだったら思いが違った時点でつまらなくなって、どこかへ行ってしまうと思います。でも「一緒にいることが面白い」と思える環境があるからこそ、5歳児の遊びへとつながっていくんですよね。
⑦(年長児)5歳児 ステージ
保護者会A
⑧(年長児)5歳児 水族館・おうちごっこ

小学校教諭
けん玉もすごかったですね。ずっとやっていました。
げんき先生
<副園長>
それでは年長児に移りましょう。せっかくですので(年長児にお子さんのいる)保護者会会長さんお願いいたします。
<保護者会B>
年長さんは、本当に「すごいな」の一言に尽きます。たけ組ではミシンで衣装を作っている子がいて、その衣装を着てステージで踊っていました。前にいる子と後ろにいる子が、曲が変わるタイミングで自然に前後を入れ替えたりしていて、そういうところでも譲り合いができているのだなと感じました。
郵便屋さんごっこでは、私がたけ2組にいたときに、お家ごっこのところまで配達に来てくれました。クラスの中だけでなく、そうやって行き来ができているところがとても良いなと思いました。電車屋さんの方は、あまり見られませんでした。
<副園長>
電車で遊んでいる子たちは廊下に絵本があったと思うのですが、自分たちで電車の本を作るということもしてます。以前は電車のコースを廊下まで大きく広げて遊んでいたのですが、今は机の上でコースを作って遊んでいるようです。今日は(線路を置く場所の周りに配置する)木を作っていたようです。その木も面白くて、春は桜が咲いていて、夏はカブトムシやチョウがついていて、秋になるとオレンジ色になるんです。季節を感じながら作っているところが、年長さんらしいなと思いました。保護者会Bさんはいかがでしたでしょうか?
<保護者会B>
ダンスが本当にすごくて、完成度がまるでアイドルのようでした。それだけでなく、座席のような場所には一つひとつ番号が振ってあって、チケット番号と対応しているようでした。そういう細かいところまで作り込んでいるのがすごいなと思いました。
ダンスの横では郵便屋さんが立っていたりして、それぞれが別々のことをしているようで、全体としてつながっている感じがありました。
2組では水族館が、4月からずっと続いています。チケット販売があり、お土産屋さんもあって、「こちらも見ていってくださいね」と案内してくれたりして、流れがちゃんとできているのが印象的でした。
お家ごっこでは、テレビもありました。四角い穴があって、その向こう側で踊ってくれていて、「ここから見ると確かにテレビみたいだな」と思いました。
<小学校教諭>
ダンスやけん玉、製作など、どの子も本当に素晴らしかったです。それを自分で表現したり発信したりできる場があることが、年長さんのすごいところだと思いました。どの子も物怖じせず、自分の得意なことをアピールしていました。大人でもなかなかできないことだと思うので、そういう場があるのは素晴らしいと感じました。
けん玉もすごかったですね。ずっとやっていました。
<副園長>
放課後児童クラブのおにいさんおねえさんと運動会の振替休業の日に一緒に遊んだんです。そのときにけん玉を見せてくれて。その姿に憧れて練習が始まりました。児童クラブにきょうだいのいる子がお家で練習してもしかめができるようになると、そこからは競うようにけん玉に夢中になっていったそうです。
<理事>
失敗したときに「大丈夫、できるよ」と声をかけ合っているのが印象的でした。「できるようになりたい」という気持ちは大事ですよね。
<椎橋先生>
先生がやるのではなくて、今回のように小学生のような年の離れてない存在がやってくれるといいですよね。なぜかといと、先生がやってしまうと「できない遠い未来の人」がやっているわけですよ。だからただ「やってるな」という感覚で見てしまう。だけど、例えば、同い年の子がやってると「いつかできる」とか、年少さんからしたら年長さんがやってたら「年長になったらできる」とか思うわけです。これが「憧れ」ですよね。大人がやってあげるのと子供が同じことをやっていても、全然意味合いが違うのです。ここの差をちゃんと理解して保育環境に作っていくかっていうのが大切です。
<保護者会B>
保護者: あと、ひとつ。レジもペイペイ対応でした。(笑)
レジで「ピ、ペイペイ」って言ってくれる。やっぱり今の時代だなぁと思いました。
<川島小学校教諭>
ダンスも今流行っているものをやっていました。曲のたびに振り付けも変わって、最後のポーズだったり。
<評議員さん>
自己紹介がすごく可愛かったですね。一人ひとり、自分の自己紹介を持っていて。私なんかとてもついていけません。あの子一人であそこで何やってるの?なんて聞いちゃって。そしたら、「ナルトダンス」っていうんですって。すごーいく速く手を回すダンスにびっくりしました。
<理事さん>
没頭できる空間が点在していて、そこに干渉しながらも認め合っている感じが年長さんのどちらのクラスにありました。年中児にもその感じはあって、一人で踊っている子がいても誰も干渉せずに、声がかかったら一緒に踊る、そして過ぎ去っていくみたいな。
<副園長>
それが年中児さんまでの時期の「らしさ」かとおもいます。年長児になると自分のやりたい遊びを軸に、他の活動と横断的なかかわり方をするようになっていきます。例えば年長児の2組のお部屋にあったテレビのリモコンを押すと、年長児の1組の子たちのダンスが始まるといったつながりのある遊びが実際に始まっています。
<評議員>
5歳児はちゃんと衣装をつけていて、4歳児はそのまま自分の(服)で踊ってましたけど、5歳児になるとやっぱり「なりきり」っていうので色々お飾りしながら出ていました。男の子のグループ、女の子のグループで、ちゃんと交代して踊っていました。
<小学校教諭>
5歳さんの子はミシンを使っていることにびっくりしました。こども園の時にミシンを使っているから小学校でもミシンが得意な子が多いんだろうなと思いました。
<園長>
実はミシンを子供たちに使用させるのは今年が初めてのことなんです。
昨年度の発表会の時に職員がミシンを使って大道具を作っていまして、それを子供達も見ていました。興味を持っていそうだったので、ミシンを使って簡易的な鯉のぼりをその先生が作って見せてくれたんです。「やってみたい?」と聞くとどんどんやりたい人が増えてきて。そこからミシンの活動がスタートしたのです。
もちろん、やる子もいればやらない子もいます。ただ、ミシンを使えば布を使って物が作れるということは、みんな分かっています。しかもミシンの方が圧倒的に早く作れることも、子どもたちは理解しています。
魚を作るときにもミシンを使っていますし、タコなどもとても上手に作っています。よく見ると本当にすごい仕上がりで、驚くほどです。
子どもたちは端切れを探してきて作っているだけなのですが、近くで見るとがたがたなところもありますが、遠めに見るときちんと形に見えるから不思議です。
<椎橋先生>
5歳児になると、いろいろな話にもあったように、子ども同士の関係性を超えていく環境が整ってきます。そこがとても面白いところだと思っています。どういうことかというと、それぞれの遊びが互いに交わっていくのです。交わりながらも、一度それぞれが経験しているということがとても大切です。
この「関係性を超える」というのはどういうことかというと、保育者が入っていける状態になるということです。関係性がまだ育っていない段階では、私は保育者に「入らないでほしい」と伝えることがあります。大人が先行してしまうからです。しかし、今の状態であれば大人が入っても、子どもは子ども、大人は大人という関係性の中で成り立ちます。
さらにそれを超えていくと、コラボレーションが生まれます。例えば水道屋と大工がいたとします。水道屋ができない仕事を、大工に頼むことはありませんよね。けれど、子どもがまだ育っていなかったり、子どもとの関係が十分にできていない場合、大人ができないことまで先生に頼んでしまうことがあります。「先生やって」と。そうなった場合、先生はむしろ関わらない方がよいのです。
しかし、自分たちの立ち位置や役割を理解し、自分たちで完結できると分かるようになると、先生に頼むのは「先生にしかできないこと」になります。例えば運動会が終わったあと、「もう一回運動会をやりたい」という声が子どもたちから出ました。そのとき子どもたちは「どうやって運動会をやろう」とは言わず、「先生、音楽を流して」と言うのです。
なぜかというと、音響は先生にしか扱えないからです。そこは先生にお願いする。そして自分たちは運動会を進めていく。先生が音楽を流すと、「この音楽ならこうしよう」と子どもたちの運動会の遊びがまた広がっていきます。そういうやり取りが生まれていきます。
子どもたちは遊びながら、こうした関係性を少しずつ超えていっているのだと思います。
その前段階として大事だと感じたのが、ミシンです。ミシンの活動はとても面白いと思いました。先生も一緒にミシンをやりましたよね。もし先生が「子どもには触らせない」と言って全部やってしまったら、「先生ができることを先生がやっているだけ」になってしまいます。
しかし今は違います。ミシンはみんなができるようになっています。つまり、先生がやっていることは自分たちにもできる。だから自分たちでできることは自分たちでやる。そして本当に役割としてできないことだけを先生にお願いする。このように役割がはっきりしてきます。これが今の年長児の姿であり、一つの成長の目安だと思います。
コラボレーションというのは、例えば音楽でも同じです。作詞と作曲では仕事が違います。しかし違う役割を持ちながら、一つの作品を作り上げていきます。どちらかが欠けていては良い作品になりません。両方が重なったときに、より良いものになります。そして「もっとこうしよう」と話し合える関係になります。職種が違っても同じ目標に向かって関わることができる。そういう状態になっていることが面白いところだと思います。
子どもたちは周りの子の活動を見ながら、「あの子はこういうことをしているんだ」と理解しています。そして、「あの子はあれが得意だよね」と得意な部分を認め合いながら伸ばしていきます。その一方で、基盤となる部分では、みんなが同じことをできる状態になっています。ミシンも全員が経験しているというのが大きなポイントです。
今はやっていなくても、「やろうと思えばできる」という感覚があります。この共通の経験が基盤になります。
年長児の活動を見ていると、アイドル役の子が盛り上がっていても、銀行員役の子は銀行員の仕事をしっかりしています。それぞれの役割がありながら、一つの思いでつながっています。役割を超えた思いが共有されているからこそ、次のステップへ進んでいけるのだと思います。
できないことがあったとしても、これまで子どもたちは小さなステップを積み重ねてきました。それを先生がやるのではなく、子ども同士で乗り越えてきた経験があります。だから今できなくても、「いずれできる」という感覚があります。
そこに小学生が関わってくれるのもとても良いことです。先生がやると、子どもからすると「遠い存在」がやっていることになってしまいます。しかし年齢が近い子がやっていると、「いつか自分もできる」と思えるのです。年少児が年長児を見て、「年長になったらできる」と憧れるように。
こうした差はとても大切です。大人がやってあげることと、子ども同士でできることでは意味がまったく違います。保育環境の中で、こうした小さなステップをどう作っていくかが重要だと思います。
<副園長>
今年は「憧れ」をテーマにスタートしました。子どもたちが憧れを持てるような環境を作りたいという思いです。例えば誕生会でもそのような工夫をしてきました。最初に取り組んだのは跳び箱です。今年は跳び箱に挑戦させたいという思いがあり、あえて若い先生に跳んでもらいました。
私や体操の先生が跳ぶと、子どもにとっては遠い存在になってしまいます。しかし経験の浅い先生が跳ぶと、子どもたちは「自分にもできるかもしれない」と感じます。
その流れで、ステージ遊びも始まりました。川島保育園から衣装を借りて「白雪姫」をやったこともありました。王子様は体操の先生がバク転で登場してとてもかっこよかったのですが、子どもたちに一番刺さったのは魔女でした。
年配の先生が魔女を演じたのですが、マントをひらっと翻す仕草がとてもかっこよくて大人気になりました。毒リンゴを渡して食べると倒れる、という場面が大ヒットして、部屋の中に魔女がたくさん現れるようになりました。
ハロウィンでも「私はあの魔女になる」と言う子がいたほどです。何が子どもに刺さるのかは本当に分からないものです。王子様も白雪姫も素敵でしたが、子どもたちは魔女に夢中になりました。
このように、何が子どもに響くのかは予測できません。だからこそ、さまざまな方法を試していくことが大切です。高校生が遊びに来たときには縄跳びを披露してもらいました。小学生が二重跳びを教えてくれたこともあり、それを見て「自分もやりたい」と挑戦する子が出てきました。
年齢の近い子が何かをできるようになると、それが刺激になります。鉄棒でも同じです。誰かができるようになると、それが周りの子の刺激になります。
今年はコロナ禍で難しかった縦の関係を、もう一度柔軟に作っていこうというテーマで取り組んできました。誰に憧れるのか、何に惹かれるのかは本当に分かりません。だからこそ、いろいろなきっかけを用意することが大切だなとあらためて感じさせられました。
椎橋先生
川島こども園では、子どもたちの日々の生活の姿を出発点に遊びの環境を設定することを大切にしています。環境はあらかじめ整えられた完成形ではなく、子どもの姿を見取りながら更新・構成され続けるものです。今回の公開保育では、各年齢の実践を通して、「何を育みたいのか」という視点を軸に環境を見直してきた歩みを共有しました。
0歳児クラスでは、昨年度「安全の向こう側」という視点で環境を捉えました。安全を確保することは前提ですが、その先に子どもがどのように主体的に動き出すのかを大切にしています。登ってよい場所や不安定さを感じられる床、関わることで音や動きが生じる環境を用意する中で、子どもが一瞬立ち止まる姿や、挑戦しようとする姿が見られました。一見すると「困る行動」に見えることもありますが、その姿の中には探索や試行、葛藤があります。保育者はその動きや表情を丁寧に見取りながら、挑戦する心や安心して試せる関係性を支えています。
1歳児クラスでは、子どもの興味を軸に環境を構成しています。季節や行事を取り入れながらも、子ども自身の気づきや関心を大切にし、保育者が共に関わります。例えば、テラスのマットから飛び出さない姿や、どんぐりを口に入れなくなる姿は、単なる約束の理解ではなく、遊びの経験を通して自ら判断する力が育っている表れです。テラスから飛び出すことよりも、素材や人との関わりの中に楽しさを見出していることの表れでもあります。最初は口に入れて確かめていた素材も、経験の積み重ねによって「食べるもの」から「遊ぶもの」へと意味づけが変化していきます。曖昧さを含んだ移ろいゆく遊びを支える多様な環境や十分な量の保障が、遊び込みを支えています。
2歳児クラスでは、外遊びの環境を通して体感的な経験を重ねています。どんぐり転がしや落ち葉のプール、土山や砂場など、素材に直接触れる中で、子どもは形や質感の変化を感じ取ります。その体験はやがて造形的な遊びへとつながっていきます。重要なのは、その時々の思いを受け止めてもらえる関係性です。環境と応答的な関わりが一体となるこ
とで、遊びはより豊かなものになります。
3歳児になると、友達との関わりが遊びの中心となっていきます。「アイス屋さんごっこ」では役割が生まれ、中心となる子が欠席した際には一度止まりながらも、別の子が役割を担おうとする姿が見られ、揺らぎながらも遊びをつくり直す姿が見られました。また、素材を介した遊びでは、同じ空間や素材を共有する中で緩やかなつながりが生まれ、年上児の姿を真似ることで遊びが広がることもあります。個々の思いを尊重しながら、関係を育んでいく時期です。
4歳児では、テーマを共有しながらも個々の思いを大切にする姿が見られます。自分の考えを表現することと同時に、異なる価値観を受け入れる寛容さが育まれていきます。室内遊びにおいても、興味や関わりの深い素材、友達との思いの共有をもとに、それぞれが遊びを深めていました。これまで一人ひとりの思いを受け止められてきた経験が、他者を尊重する姿勢へとつながっています。
5歳児では、遊びが関係性を超えて交わり始めます。それぞれの活動がつながり、新たな表現が生まれます。保育者は子どもの主体性を尊重しながら、必要な場面で少しずつ関わりを深めていきます。例えばミシンの導入では、「できること」自体が目的ではなく、自分の思いを形にできる実感を持てることを大切にしました。これまで積み重ねてきた小さな成功体験が、憧れや自信へとつながっています。
今回の公開保育を通して改めて確認したのは、子どもたちの育ちは、身近な経験を重ねることから始まり、自分の思いを持ち、やがてそれを他者と共有し合う関係へと広がっていくという連続性です。今では当たり前となっている環境も、子どもの姿を見取り続けてきた積み重ねの結果として形づくられてきたものです。「困る姿」や「今しか見られない行動」もまた、その時期に必要な育ちの過程です。子どもだからと一括りにするのではなく、一人ひとりの生活の姿に耳を傾けながら、これからも園で過ごす子どもの環境について一緒に問い続けていきたいと考えています。
まとめ
「公開保育と学校関係者評価を通じた幼児教育の質向上サイクルの推進」について2年目の取り組みです。前年度を受け安全性への配慮が根付いてきたことが成果として挙げられます。一方で浮かび上がってきた課題は次の通りです。
- 「困る姿」や「今しか見られない行動」も全て一人ひとりの生活の姿を大切にして、環境の設定に生かしていく。
- 小さな成功体験の積み上げを大切にして、憧れや自信へとつなげていく。
成果と課題をふまえ、今後も日々幼児教育の質の向上に努めてまいります。


